ドレッシングから私のカバンを守ってくれた 『影武者徳川家康』

影武者徳川家康

  • 書名: 『影武者徳川家康』上・中・下
  • 著者: 隆慶一郎
  • ISBN: 978-4101174150(上)、978-4101174167(中)、978-4101174174(下)
  • 刊行日: 1993年8月25日
  • 発行: 新潮文庫
  • 価格: 上下巻705円(税別)、中巻743円(税別)
  • ページ数: 544(上)、564(中)、534(下)
  • 形態: 文庫

私にとっての隆慶一郎の最高傑作は『鬼麿斬人剣』(隆慶一郎の最高傑作はテレ朝時代劇にピッタリ 『鬼麿斬人剣』)で間違いないのだが、その次に好きな作品はどれかと聞かれれば本作『影武者徳川家康』である。

まずタイトルがいい、影武者と徳川家康、タイトルだけである程度内容がわかるというのはよい、買うときに迷わない。影武者という設定がイヤだったら買わなければいいし、影武者と聞いて心踊るのであればすぐに本をレジに持って行けばいいのだ。

ここまでシンプルな歴史小説の書名も珍しい、新田次郎の『武田信玄』レベルのシンプルさである。

主な登場人物は、もちろん影武者徳川家康こと世良田二郎三郎、敵役の徳川秀忠、秀忠の参謀となる二郎三郎の親友・本多正信、二郎三郎の参謀兼護衛である甲斐の六郎、その舅である風魔小太郎の父・風斎、そして島左近、あと前半の関ヶ原で二郎三郎が家康を演じ続けるきっかけを作った本多忠勝、二郎三郎の妻(恋人)となった元家康の側室お梶の方などである。

関ヶ原の合戦で家康は島左近の放った忍びである甲斐の六郎に殺されるがとっさの機転で二郎三郎は影武者が死んだこととし、家康を演じ関ヶ原の合戦を勝利に導く。

二郎三郎はすぐに家康役を辞めるつもりだったが、周りがそれを許さず、家康を演じ続けることになる。その秘密を知るのは本多正信、秀忠にお梶の方、本多忠勝、そして甲斐の六郎と島左近等である。

徳川秀忠は家康のニセモノである二郎三郎を殺したい、しかし世間的には実力者家康は生きていることになっていて、家康が生きているからこそ徳川家に従う大名も多く、その家康を殺してしまっては徳川家に反抗する勢力が出てきてそれを自分の力だけで倒すことはできない。

その反徳川勢力の最先鋒が豊臣家であり、逆に豊臣家がいるからこそ実力者家康の重さが生きてくるのである、二郎三郎にとっては徳川家の仮想敵である豊臣家の存在が自分の存在価値を認めてくれるものなのである。

豊臣家と徳川家の勢力の均衡の中でこそ自分は生き続けられると考える二郎三郎は、豊臣家存続を願う島左近と甲斐の六郎と手を組むことになるのである・・・そして二郎三郎は駿府に自分の城である駿府城を築き、そこに自分の国を作っていく。

それを面白く思わない江戸の徳川秀忠からの暗殺指令を受けた柳生忍軍の総帥・柳生宗矩は二郎三郎暗殺を何度も試みるが、甲斐の六郎と風魔軍団に守られた二郎三郎はその野望を叩き潰す。だが、その失敗の度に秀忠と柳生宗矩は少しずつ成長をしていくのだ、だから本作の裏主人公は徳川秀忠である。

本作では自分のことしか考えず、残忍で酷薄で、人の命をなんとも思わないくせに臆病などうしようもない小人物として徳川秀忠は描かれている。彼はとにかくしつこい、ホントにしつこい。いい加減二郎三郎を解放してあげたらどうだと思うのだが、まあしつこいんだ、ほんとに。

私は『影武者徳川家康』を数回読み直しているが毎回その面白さに興奮している、本書の特徴はフィクションと正史を合わせて、さらにチャンバラで味付けしたというところで、本書が無ければ『ふたり道三』も『徳川家康 トクチョンカガン』も書かれなかっただろう。

で、そんな名作歴史小説を私はドレッシング漬けにしてしまった。会社に行く時にカバンに本書の中巻と弁当を入れて持って行ったのだが、弁当のドレッシングがカバンの中で漏れて中巻がそれを吸ってしまったのだ。冒頭の書影をよく見るとわかると思うが、中巻だけ左下が少し膨れているのだ。

しかしそのおかげでカバンの中があまり汚れずに済んだ、『影武者徳川家康』が本来汚れるはずのカバンの身代わりになって影武者的な役割を演じてくれたのである、なんつって。