もうこの時点でそうなんだけど、ブログ書いてて伝えたいことがうまく説明できない。
実は伝えたいことがないのかもしれないけど、書きながらつまらないなと思ってしまい、もうなんでだ。
youtube見ながら書いているからなのか。
酒飲んで書けば面白くなるのか。
最近は酒飲むのも、ひと月に数回だし、ビール毎日飲みたいし、日本酒を1年くらい飲んでないから日本酒も飲みたい。
生活に大きな不満とか、大きな感動とかがなくなったからなのか。
おじさんになるっつーのはこういうことなのか。
おやすみなさい。
もうこの時点でそうなんだけど、ブログ書いてて伝えたいことがうまく説明できない。
実は伝えたいことがないのかもしれないけど、書きながらつまらないなと思ってしまい、もうなんでだ。
youtube見ながら書いているからなのか。
酒飲んで書けば面白くなるのか。
最近は酒飲むのも、ひと月に数回だし、ビール毎日飲みたいし、日本酒を1年くらい飲んでないから日本酒も飲みたい。
生活に大きな不満とか、大きな感動とかがなくなったからなのか。
おじさんになるっつーのはこういうことなのか。
おやすみなさい。

本作の主人公は『影武者徳川家康』と同じ、世良田二郎三郎。
隆慶一郎の『影武者徳川家康』では家康は関ヶ原の合戦中に殺されたが、本作の家康は松平姓から徳川姓への改姓後にいきなり殺される。
『影武者徳川家康』では家康の身代わりになる世良田次郎三郎(二郎三郎)だが、本作では家康の側近として家康暗殺後に家康に瓜二つの異母弟である恵最を身代わりとしてかつぐ言わば影武者の黒幕的な立場である。
本作の敵役は家康を殺して、傀儡の恵最をその身代わりとして送り込んだ徳川家臣団の誰かである。
隆慶一郎の作品の主テーマは、異論はあるだろうが「自由」と「友情」。
宮本昌孝の作品の主テーマは、これも異論はあるだろうが『ふたり道三』に代表されるように「運命」と「恨み」。
『影武者徳川家康』の世良田二郎三郎は「自由」になりたい自分の気持ちと、「友情」の間で煩悶する。
『家康、死す』の世良田二郎三郎は恵最を家康の身代わりにせざるを得なかった「運命」に対する後悔と、黒幕に対する「恨み」の間で苦しむ。
隆作品に比べると宮本作品の方が暗いのだが、宮本作品は登場人物の情念みたいなものがぐっと迫ってくる。
宮本昌孝の代表作は『ふたり道三』と『剣豪将軍義輝』で、とにかくすごくいい。
で、翻ってこの作品であるが、思いのほか短い。
出てくる有名な合戦および事件は、金ヶ崎の退陣、姉川の合戦、三方ヶ原の合戦、長篠の合戦、そして信康事件である。
本能寺の変、小牧・長久手の戦い、北条征伐、関ヶ原の合戦、大阪の冬の陣と夏の陣などのいわゆる徳川家康が主役の戦いおよび大事件は出てこない。
金ヶ崎から長篠に至る合戦の主役は織田信長であり、家康はあくまでもおまけ・脇役である。
本能寺の変の時の「神君伊賀超え」がクライマックスになるかとも思っていたのだが、本作のクライマックスは三方ヶ原の合戦と信康事件である。
何故信康が殺されなくてはならなかったのかが、『家康、死す』においてはかなり明確に描かれている。
宮本昌孝の作品は読むたびに「短いな、もっと読みたいな」と思うのだが、本作は信康事件が終わると、数ページで物語が終わってしまう。
やっぱり短すぎる。
世良田二郎三郎は死なずに大阪の陣までは生きていてほしかった、世良田二郎三郎の生存バージョンを書いてくれないだろうか。
今の会社に入って初めて知ったのだが、”Warning”は”ワーニング”と読むそうだ。
同僚が開発中のWebアプリのサーバ側のログを見て、「ワーニング、ワーニング」と言っていたので、何のことかと思ったら”Warning”のことだった。
下記によると歴史的経緯というか、最初に読んだ人が間違えたのかローマ字読みをしたのかでワーニングになったようだ。
ワーニング(ウォーニング)とは - IT用語辞典 e-Words
イギリスの競走馬にも”Warning“がいるが、この馬の日本での呼び方はしっかり”ウォーニング”。
なんでワーニングになったか、誰か違うよと言わなかったのか。
cssのプロパティとしてよく使う、”width”も読み方が難しい。
“ウィドゥス”または”ウィトゥス”が英語の発音に近いようだが、”ウィズ”とか”ワイズ”とか言う人もいる。
私も最近まで”ウィズ”派だったが、英語の発音に近い”ウィドゥス”に鞍替えした。
でも”ウィドゥス”は非常に言いにくいので”width”を伝えたいときは敢えて日本語で「横幅」とか言ったりしている、これでいいのかとも思うのだがしょうがない。
こういうの気にしている私は細かいのか、でもすごく気になるんだ。
“ワーニング”と聞くたびに”ウォーニング”だろって心の中で叫んでます。

本作は鳶加藤または飛び加藤とのあだ名を持つ加藤段蔵が主人公の歴史忍者小説である。
悪忍というタイトルだけあって、ダークヒーローの加藤段蔵が朝倉家の越前や長尾家の越後で暴れまわるのだが、本作ではその内容も吹き飛ぶすごい誤植があった。
それが下記。

左ページの8行目の中段に注目、「天皇」じゃなくて「電脳」。
醍醐天皇が「醍醐電脳」である。
「てんのう」とタイプしたかったところ、手が滑って「でんのう」と入力してそのまま気づかずにスペースキーを押して、「電脳」になってしまったのだろう。
でも気づかないのか、これ。
作者が入力したデータがそのまま使われているのか、誰かが打ち直している時に間違ったのか、それとも校正時に間違って直してしまったのか、どこで「電脳」が紛れ込んだのか。
竹生島とか天女とか竜神とかが出てくる昔話風のページ、ここに「電脳」。
すばらしい違和感。
昔話がいきなりSF。
私が読んだのは第1刷なので2刷以降では修正されているのかも気になる。
話自体は、先が気になる終わり方だった。
調べてみると続編『修羅 加藤段蔵無頼伝』が出ている、こっちにも強烈な誤植があるとうれしい。
最近、電車での通勤時、技術書を読むことが多くなった。
主に会社で購入してもらったオライリー(O’Reilly)のWeb技術系の本である。
今までは電車の中では文庫本しか読まなかったのだが、勉強をしないとやばいのではないかと思い始め、どこで技術書を読むのかと考えたときに結局通勤電車の中で読むのが一番集中できるし手っ取り早いということになった。
本がでかくて重いのでかばんも重くなってしまうのがイヤなのだが、まあしょうがないと思い読んでいる。
文庫本と違い、デカいので混雑した車内では読みにくくなるのだが最近は慣れた。
でも困っていることがある、ブックカバーが無いことだ。
本がでかいのでそれに被せるような大きなカバーがないのだ。
私は読んでいる本のタイトルを他人に見られるのが裸を見られるよりも圧倒的に恥ずかしい、だから文庫本にもカバーをかけて読んでいるのだが技術書にはかけられない場合がある。
だから泣く泣く裸のまま取り出して読んでいるが、パンツはいてないみたいで恥ずかしいんだよ。
本のタイトルが『サルでもわかるJavaScript 初級編』とかだと、あ、コイツ初心者だ!とか思われているんではないか?と、まあ初心者なんだけどね。
以前京王線の新宿行きに乗っていたとき『女の機嫌の直し方』という本をカバーをかけずに読んでいたおっさんがいたけど、あれはちょっとアホなおっさんだったのか、それとも宣伝だったのか、おっさんスゲーなと思う。
会社で後輩2人と打ち合わせをしていたのだが、仕事上での私の失敗談で盛り上がった。
というか、その失敗がいかに大変だったかを私が後輩に愚痴っているというのが正しい。
色んなエピソードを話しているつもりだったが、すべてのエピソードに共通しているのは、いかに仕事が適当に投げられてこちらに飛んで来て大変なことになるか、みたいな話が多いことに気づく。
つまり、フワフワした依頼をこちらでしっかりとキャッチして「これってこういうことですよね?」とまとめてあげなくてはならないということだ。
そもそも、仕事ってそういうものかもしれない。
後輩2人へ、先輩の愚痴を聞いてくれてありがとう。