絵を描く人は文章がうまいのか 『東京ラブシック・ブルース 』

東京ラブシックブルース

  • 書名:『東京ラブシック・ブルース 』
  • 著者:沢野ひとし
  • ISBN:978-4041813089
  • 刊行日:1998年7月25日
  • 発行:角川文庫
  • 価格:495円(税別)
  • ページ数:293
  • 形態:文庫

本作は正しい青春バンド小説。主人公は沢野ひとし本人と思われる少年で、冒頭は沢野ひとしのおそらく実際の高校時代のエピソードが挿入される、少年は高校を辞め米軍基地のカントリーバンドに入り、そこで魅力的なバンドマンたちと出会い、恋もして、そして挫折と旅立ち・・・というお話である。

沢野ひとしは椎名誠の高校時代からの友人であり、謎の絵を描く画家としても有名である。本書のカバーイラストも本人によるものである。

数年前までは本屋の角川文庫コーナーに名前が出ていた(作家名の書かれたカードが棚にささっていた)が最近は見かけない。本を出してはいるようだが、角川文庫からはもう出ていないようである。

大学時代に友人から薦められて椎名誠を読むようになったのだが、最初に読んだ『哀愁の街に霧が降るのだ』に出てきた登場人物の中で一番強烈で愛すべきキャラクターがこの沢野ひとしであった。(『哀愁の街に~』は椎名誠の自伝的小説なので実在の人物が登場する)

ヌボーっと背が大きくて、手足をバタバタさせて(椎名誠の表現)いつも女性に恋していてすぐにフラれるが、けしてもてないわけではない、というなんだかほっとけないキャラクターが沢野ひとしであった。

本屋に行くと椎名誠の隣あたりに沢野ひとしの本も並んでいた(角川文庫コーナー)ので自然に手に取るようになり、椎名誠の本にハマるのと同時並行的に沢野ひとしの本にもハマった、椎名誠の本に沢野ひとしが出てきたり、その逆もあったりと楽しい読書であった。

椎名誠の本の中では珍獣のような扱いを受けている沢野ひとしだが、その珍獣の書く本の文章は『哀愁の街に霧が降るのだ』での乱暴でガサツな印象とは違い、かなり繊細でやわらかい。最初、アレレ?と思った。仮にも本を出している人に言うのは失礼だが文章がうまいなと思った。

つげ義春の書く文章に少し似ていると思ったが、絵を描く人は文章がうまいのであろうか。

つげ義春のマンガと文章は受ける印象がほとんど一緒である、つげ義春の世界に没入するとマンガを読んでいるのか、小説を読んでいるのかは、ハっと我れにかえって自分の持っているマンガなり本なりを裏返して表紙を見てみてやっと気づくみたいな感じである。

で、沢野ひとしであるが絵の印象と文章の印象は全く違う、と思うときもあるしやっぱりつげ義春と同様文章のやさしさが絵に染み出しているな、みたいに思うときもある。

彼の描く前を向いているのか横を向いているのかよくわからない目だけ凶暴な動物の絵からと、彼の文章から受ける印象を比べれば結構違うのであるが、風景画や山の絵などを見るとうーむと唸ってしまう。

で、何が言いたいかと言うと、文章がうまいのである、って作家に失礼か。

でも私が一番気に入っているのは『本の雑誌』の中に不定期連載のように掲載されている沢野ひとしの謎の四コママンガである。この四コママンガは居酒屋の宣伝として描かれているので今後まとめて出版されることはないであろう、いつこの四コママンガが無くなるかもわからないので今のうちに読んでおくことをオススメするのである。