新・さ迷える転職大変記 第15話 「カウントダウンが始まる」
楽しい活字中毒編集人
またまた、1年ほど間が空いてしまった、今は2019年の1月。
転職活動していた時期は2012年-2014年の間なので記憶が薄れつつあり、もう遠い昔であるが、思い出して書いてみる。
お前の仕事はザツだ
前回書いたが会社が今度出すアプリの話をしていて上司にお前の仕事は雑だと言われた。
お前はユーザーを考えたモノ作りができてないと言われた。
確かにユーザーよりも自分の将来を考えている、会社が潰れるかどうかを気にしている状態でユーザーを考えた行動ができるような器量人ではないのだ私は。
しかし、会社自体の性格がユーザー優先というよりは、スピード優先で適当でもいいからリリースしようみたいな感じなのであり私にそれを言うのもなんなんだよ、と強く思ったのである。
もう、みんな心がカツカツである。
隣の席の同僚も辞めさせられることになる。
そしてついに、私の隣に座っていた同僚も辞めさせられることとなった。
その日、彼は朝会社に来てすぐに社長室に呼ばれてしばらくして戻ってきた。
いつもどちらかが社長室に呼ばれて戻ってくると、「実は会社を辞めさせられることになりました」、と冗談を言い合っていたのだが今回はやけに顔がスッキリしていた。
どうだった?と聞くと「辞めさせられることになりました」と彼は答えた。
え、ホントウ?と聞くと「ハイ」とのこと。
で、どうやら辞めさせられることはホントウのことであるとわかった。
ついに来たか。
彼は「僕がいなくなったら○○さん(私のこと)超大変になりますよ」と言った。
確かに彼の業務はすべて私に回ってくることになるはずだ・・・
すると、私も社長室に呼ばれた。
私も切られるのかなと思って話を聞くと、どうやら私に会社の内情を教えてくれるようだ。
私と隣の同僚は、どちらを切ろうか迷ったらしいが私には家族があり彼には家族が無いのが決断する要因だったようだ。
首の皮一枚でつながった感じだが結構複雑ではある。
で、会社の資金繰り的に年内はなんとかなるから年は越せるようだ。
そこで、私の転職のリミットも決まった。年内に決めなくてはならない。
まず新入社員2人が辞めていった
今年の4月に入ってきた新入社員の2人が辞めていったというか辞めさせられていった。
2人は若いし結婚もしてないからまあなんとかなるだろうと思いつつ見送る。
私は結構無責任な先輩である、すまん。
システム会社に受かるが
年内に決めなくてはとの焦りからすぐに次の面接を決めた。
会社を早退して、都内のシステム系の会社に面接に出かけた。
雑居ビルの5階くらいのそこまで広くないフロアで、5人くらいの社員がもくもくと作業をする中、パーティションの向こう側で社長と常務と面接をした。
社長は古きよき「会社の社長」という感じで、常務も見るからに「常務」という感じ。
社員をプロジェクトに派遣するタイプの会社で、おそらく私が採用されたらまずはどこかに派遣をされて常駐することになるようだ。
社長と常務二人はいい人のようだが、結果はどうか、受かるかどうか。
で、すぐに結果が来た、結果は合格。
ちょっと意外な結果であった。
しかし給料が下がるのは避けられない。
なので断ることに。
もうひとつの似たような会社
また続けて、似たようなシステム会社へ面接へ行った。
ここも社員をプロジェクトに派遣するタイプの会社だ。
午前だけ会社に出て、いったん家に戻ってからスーツに着替えて田町にある会社まで行った。
結構大きい会社のようで、面接も慣れているようだった。
履歴書には、仕事速いですとか、すぐに覚えますとか、要領がいいです、とか書いていた、面接を担当した大柄な男性は「こうやってわざわざ書いてくるということは、ウソじゃないはず」と言っていたが、「実績がないのがなぁ」とぼやいていた。
たぶんこの会社は合格しても、これまで合格してきた会社同様給料が下がることになりそう。
で、結局この会社も縁がなかった。
たしか、この条件なら取れるけど家族いるからきついよね?というメールがきたように記憶している。
引継ぎ
隣の同僚が辞めることになり、彼の業務であるユーザーサポートと出荷業務の引継ぎ作業がずっと続く。
彼の業務はこんなに大変だったのかとため息が出る。
そして、ついに彼もわが社を去っていった。
最終日は送別ランチでみんなでトンカツを食べに行ったが、雰囲気はお通夜であった。
定時の18時半になると彼は、「では」と言って帰って行った。
引き継ぎきれずに彼は結構いろいろ残していった、飛ぶ鳥あとを結構濁している。
最後までやれよと思うが、もうしょうがない。
さあカウントダウンが始まった。
次回に続く。
連載 「新・さ迷える転職大変記」バックナンバー
- 新・さ迷える転職大変記 第1話 「会社辞めるよ」
- 新・さ迷える転職大変記 第2話 「転職活動開始」
- 新・さ迷える転職大変記 第3話 「最初の面接」
- 新・さ迷える転職大変記 第4話 「スマホゲーム嫌いなんです」
- 新・さ迷える転職大変記 第5話 「二次面接へ」
- 新・さ迷える転職大変記 第6話 「活動はちょっと落ち着く、会社にはドンドン行きたくなくなる」
- 新・さ迷える転職大変記 第7話 「Javaの学校へ、そして家を買う話が出てくる」
- 新・さ迷える転職大変記 第8話 「心療内科へ」
- 新・さ迷える転職大変記 第9話 「また面接へ、特にビジョンはありません」
- 新・さ迷える転職大変記 第10話 「おたく、何の会社ですか?」
- 新・さ迷える転職大変記 第11話 「心療内科、ついに終了」
- 新・さ迷える転職大変記 第12話 「そして減給、そして決意」
- 新・さ迷える転職大変記 第13話 「早く転職したいけど、そんなすぐには決まらない」
- 新・さ迷える転職大変記 第14話 「面接中に居眠りされる」
- 新・さ迷える転職大変記 第15話 「カウントダウンが始まる」
- 新・さ迷える転職大変記 第16話 「カウントダウンは続く」
- 新・さ迷える転職大変記 第17話 「ついに逆転か?」
- 新・さ迷える転職大変記 第18話 「終章」
- 新・さ迷える転職大変記 第19話 「まとめ」
広告開始しました
楽しい活字中毒編集人
こんばんは。
当サイトは広告の掲載を開始しました。
ブログを始めた当初は広告を載せるつもりはなかったのですが、年に数千円の維持費がきついです。結構きついです。それを補填するための広告です。
広告を開始するのに前後してサイトの改修も行いました。
WordPress から Hexo に移行
WordPressに特に大きな不満点はなかったのですが、サイトにログインして投稿を作ってそこにつらつらと書いて、保存して、推敲してオッケーだったら公開、みたいな流れがなんか大げさすぎるんではないか?と思い始めたのが理由です。
Vue.jsの日本語ドキュメントの改修に少しだけ参加したときにhexoというNode.jsのブログフレームワークを使ったことがあって、その時にコレ結構いいジャンとなって、いつか使おうとずっと思っていたのです。
ローカルPCで投稿を書いて、$ hexo generate をするだけ、というのが大げさじゃなくていいなと。
で、ずっと機会をうかがっていてこの機会にWordPressを辞めて、hexoに移行しました。
WordPress上で投稿をexportして、Hexo上でhexo-migrator-wordPressを使えばWordPressの一つの投稿を一つのmdファイルとして出力してくれました。
画像のパスとか、サイト内リンクのパスとかは、ずれているので一斉置換とかでなんとかしなけりゃならないのですが、まあ結構便利でした。
移行作業自体は、1日30分くらいの時間を使って1週間で終わりました。
ミニバード(netowl) から firebaseに移行
で、さらにWordPressを辞めるのであればWordPressを動かしているnetowlのミニバードの必要はなくなります。
だから、ホスティングはfirebaseにしました。一定の範囲内(1ヶ月のアップロード総量1GB?で、総ダウンロード量10GB?)であればタダだからです。
netowlのサービスはドメイン管理のためにスタードメインだけ使用することにしました。
firebaseへの移行はドメインの指し先を変更したので1日くらいサイトが見られなくなりましたが、こんな弱小ブログは誰も見てないので全世界的な影響はほぼゼロでした。
うまくやれば指し先の変更でサイトが見られない瞬間を無くすこともできるはずです、なんで1日見られなくなったかというと勢いあまってミニバード(WordPress)の契約を切ってからfirebaseに移行したからです。
いきなり契約切ったらそりゃサイトは見えなくなります。
新旧構成
| - | 旧 | 新 |
|---|---|---|
| ドメイン管理 | スタードメイン | スタードメイン |
| ホスティング | ミニバード | firebase |
| フレームワーク | WordPress | Hexo |
ミニバードが年間4000円弱で、スタードメインが1,000円強で計5,000円くらいだったのが、スタードメインとタダのfirebaseになったので年間維持費が1,000円くらいになりました。
やったー。
広告の審査
adsenseの審査は以前仕事でやったとき結構大変だったので身構えていたのですが、adsenseのページに行ってドメイン等を入れたら2,3日後には広告が表示されました。
なんだか拍子抜けです。ブログのドメインが5年以上の歴史があるので簡単に通ったのでしょうか、なぞです。
これから
当面の目標は年間維持費の1,000円をまかなえるように頑張ります。
月に100円くらい入ってくれば軽く越せるので楽勝かなとも思いますが、adsenseはたしか5,000円だから8,000円の支払いが貯まらないと入金されないはずなので油断はできません。
行く年来る年
楽しい活字中毒編集人
こんばんは。
大晦日は年々ワクワクしなくなってきますね。
私の大晦日はいつもの夜と特に変わりません。
誰かの悪口でも書いてやろうかと思いましたが眠くなったのでもう寝ます。
おやすみなさい。
あらためまして、こんばんは
楽しい活字中毒編集人
あらためまして、こんばんは。
ブログをWordPressからHexoにしました。
ちょいリニューアルです。
世界の片隅というか誰にも知られていない世界の隅っこで、細々とやってきたこのブログ。
始めた当初も今も誰からも注目もされていませんが、まあいいです。
今年はほとんど何もかけなかったので来年からはどうぞよろしくお願いします。
新・さ迷える転職大変記 第14話 「面接中に居眠りされる」
楽しい活字中毒編集人

また1ヶ月ほど間が空いてしまった、今は2017年の大晦日。転職活動していた時期は2012年-2014年の間なので記憶が薄れつつあるが、思い出して書いてみる。
死ぬ気でやれ
減給されて、さらに会社の存続も危ういと言われてしばらく休んでいた転職活動を再開したが、いい会社はまだ見つからない。
会社の上司からは「死ぬ気でがんばれ」と言われる。死ぬ気でがんばれと言われてがんばれるような人がたくさんいたらたぶん会社は傾いていないし、上司が死ぬ気でがんばれって他人に言うっつーことはまあとにかくきついんだ、みんな。
死ぬ気でがんばるかどうかを決めるのは大体において自分なので、他人から言われてがんばれるかよという思いが沸いてきてやる気はどんどん無くなっていく。が、上司もきついんだなと思うと少し気持ちが楽になった。
そして、毎年秋にリリースしているPCアプリの企画書を作れと上司に言われた。
実は私はこのアプリの動画エフェクトを作る人として会社に入ったのだが、当時のプロジェクトのリーダー(私の元上司)はプロジェクトから外れてここ数年は私がほぼリーダーという立ち位置になっていた。
そのときは私が決めて私が作るという感じになっていた。実際のアプリ本体を作るのは中国にある下請けの会社なのだが、そことのやり取りは私がしていたので、まあとにかく私の仕事なんである。
さらにパッケージ作るのも、ウェブサイト作るのも私の仕事なので、毎年秋の憂鬱な仕事のひとつだったのである。
会社においては「私=そのアプリ」という図式が出来上がっていたので、逆に言うと私が死んだりいなくなったりしたらそのアプリはリリースできないんである。
だからこのアプリを出すのは今年を最後にしようと思ったのである。勝手にそう思ったのである。
会社を辞めようと思ってからもうすぐ3度目の秋となるので、アプリのリリースも辞めようと思ってから3度目ということになる。
とにかく勝手ながらこの3回目を最後にしたいなと思ったのであるわたしゃ。
恵比寿のスマホアプリ会社に面接が決まる
そしてまた面接が決まった。
恵比寿にあるスマホアプリの開発会社で、20人くらいの規模でやっている新しい会社だ。社長もたぶん30代で私とあまり年齢もかわらない。
会社の短い夏休み(3日間くらいだったと思う)の初日に面接に行ってきた。蒸し暑くてスーツが汗びしょびしょになった。
会社は恵比寿駅から徒歩5分くらいのところにある雑居ビルの1フロアだった。
会社のフロア全体を見ていないのでなんともいえないがとても狭いところだなという印象だったが、いまどきの会社っぽくエントランスはこじゃれた雰囲気だった。
まず適性検査というテストを受けた、プログラミングの基礎的な問題が書かれていた。たしかfor文で何かを作れ、みたいな問題が数個あったような記憶がある。
緊張しているのもあって、あまり問題を解けずに社長との面談に移った。
社長に居眠りをされる
社長は入社してもらったら私に会社のデザイン関係の部分を担当してほしいようだった。
いまデザイナがいないから、こういうデザインしかできていない、だからあなたにはデザインがんばってほしい!と言われたような気がするが、私がプログラミングの経験がほとんど無いという話をすると少し雲行きが怪しくなり始めた。
技術責任者も出てきてと彼と私が話し始めると、なんと社長が居眠りを始めた。注意してやろうかと思ったが、まあこりゃこの会社に縁がないのだなと思ってあきらめた。
社長が居眠りをするというのは、結果的に10回ほど受けることになった転職の面接で後にも先にもこれが初めてで最後だった。まあ失礼な社長である。
この社長は自分の話だけをしたいだけのタイプの可能性もあり、こりゃ会社に入ったら疲れるなと思った。社長にはよくいるタイプだけど最初の面接でそれ見せるなよと思った。私が会社に入らなくても何かの縁で再会するかもしれないじゃんし、そんなんで大丈夫か?
で、その会社は落ちた。行くつもりがあったかと言われるとかなり悩んで辞めた気はするが、社長に居眠りされて落とされるのは気分が悪い。
今後何かの縁があって再会してもあの社長には冷たくしてやろうと心に誓った。
※この面接のことは前にも投稿している( さ迷える33歳-転職大変記 )
そして、新入社員2人が辞めさせられる
そしてまた、人が居なくなることに。4月に入った新入社員の男女2人が辞めることになった。いや、辞めるという表現は適切ではなく、辞めさせられることになったのだ。
理由は経営がやばいから。
さすがに半年で辞めさせられるとは先輩社員の私たちも考えていなかった、本人たちは呆然としていた。そりゃあそうだ、でも半年でやばい場所から離れられると考えれば彼らにとってはまあそれだけが救いか。
辞めると決まった2人は呆然としつつもわりと前向きになっていたので、私は安心したが、周りから人がどんどん居なくなっていくというのは、残される側からするとまあ辛いですな。
早く転職したい。
次回に続く。
連載 「新・さ迷える転職大変記」バックナンバー
- 新・さ迷える転職大変記 第1話 「会社辞めるよ」
- 新・さ迷える転職大変記 第2話 「転職活動開始」
- 新・さ迷える転職大変記 第3話 「最初の面接」
- 新・さ迷える転職大変記 第4話 「スマホゲーム嫌いなんです」
- 新・さ迷える転職大変記 第5話 「二次面接へ」
- 新・さ迷える転職大変記 第6話 「活動はちょっと落ち着く、会社にはドンドン行きたくなくなる」
- 新・さ迷える転職大変記 第7話 「Javaの学校へ、そして家を買う話が出てくる」
- 新・さ迷える転職大変記 第8話 「心療内科へ」
- 新・さ迷える転職大変記 第9話 「また面接へ、特にビジョンはありません」
- 新・さ迷える転職大変記 第10話 「おたく、何の会社ですか?」
- 新・さ迷える転職大変記 第11話 「心療内科、ついに終了」
- 新・さ迷える転職大変記 第12話 「そして減給、そして決意」
- 新・さ迷える転職大変記 第13話 「早く転職したいけど、そんなすぐには決まらない」
- 新・さ迷える転職大変記 第14話 「面接中に居眠りされる」
- 新・さ迷える転職大変記 第15話 「カウントダウンが始まる」
- 新・さ迷える転職大変記 第16話 「カウントダウンは続く」
- 新・さ迷える転職大変記 第17話 「ついに逆転か?」
- 新・さ迷える転職大変記 第18話 「終章」
- 新・さ迷える転職大変記 第19話 「まとめ」
新・さ迷える転職大変記 第13話 「早く転職したいけど、そんなすぐには決まらない」
楽しい活字中毒編集人

赤字のために減給をされ、これはもうやばいぞ、会社なくなるかも、急がなきゃということになり、転職活動を再開することにした、というのが前回までのお話。
営業職の2人が去り、私はビデオカメラを売る
既に前回の話でも書いたが、辞める事になった営業の2人(男性と女性)が会社を去っていった。営業職の2人とは製品パッケージや製品サイトの作成でよく一緒に仕事をしていたので、寂しかった。
従業員の数も20人に満たない会社なので2人抜けると、いやその前に2人抜けてるから4人抜けてるのか。4人いなくなるともうそりゃ半分くらい逃げた、みたいに見えるのだ、残された側からすると。
その分新入社員が2人増えたから差し引きで2人減ったわけであるけど事情を知らない新入社員2人というのはもうどうにも、なんというか、心が重い。
減給されたので年に一度の夏のボーナスも今年はないだろうと思い、数年前に購入したビデオカメラを売ることにした。
その年は会社が社長によると設立以来一番儲かったという年だった。ボーナスも多く出たのだ。まあ本当はそれが業績が下降線になるターニングポイントだったようにも思うのだがその時はそんなことには気づかない。
お金が入ったから社員旅行にも行こうかとなり、みんなで海外まで旅行に行ったが、そんなことしてる場合ではなかったのだ。楽しかったけど。
私は結婚もしていなかったので、以前より欲しかったSONYの民生用ビデオカメラの一番高いやつを購入した。結構いい値段した、私の給料くらいした。
それで短編の自主映画でも撮ろうと思っていたが、その後に結婚をしてそれどころじゃなくなった。というか働いていたら短編映画作るのって大変です。
結局そのカメラで撮影したのは友人の知り合いのライブ映像くらいであった。ホントなんて贅沢な使い方。息子をそれで撮影しようと思ったけど、結局撮らなかった、ごめんよ息子。
で、そのホトンド使っていないビデオカメラを売り払うことにした。金額は購入時の3分の2くらいであった、懐は少し暖かくなったけど、なんというか私の大切なものがどんどんなくなっていくようなホントウに心細い気持ちになった。
そんな中Java SE 7 Bronzeに受かる
以前適当に受験して返り討ちにあった、Java SE 7 Bronzeの資格に遂に合格した。減給されて転職を頑張ろうと決めて私もちょっと頑張ったのだ。
なんというか、絶望の中の希望の一筋といったら言いすぎだけど、悪いこと続きの中では一番うれしい出来事であった。
家の購入もうれしい出来事ではあるのだが、まだローン返済が始まったばかりで私たちのものではない、収入が無くなれば私たちの手から離れていってしまう。
その点、資格なら収入がなくなっても離れて行ったりはしない。
その資格が仕事で実際に使えるのかというのは疑問の残るところではあるが、自分の自信と面接でこれを頑張りましたと具体的なものとして言えるのがでかい。
半年ぶりの面接が決まる
そして、次の面接が決まった。
前の年の11月に面接に行ったのが最後、面接が決まったのは7月だったので半年以上のブランクとなる。その会社は目黒にある開発会社であった、スマホのアプリなどを開発しているようだ。
おそらく給料は下がるだろうなとは思ったが、半年以上の面接のブランクを埋めなくてはならないし、Java SE 7 Bronzeの資格がその会社からどのような捉え方をされるのかを確かめなくてはならないので行ってみることにした。
あと、少人数でアットホームな感じの雰囲気だろうなと思ったのもある、圧迫面接みたいなのはしないだろうし、練習にはちょうどいい。
会社を早めに出て、渋谷駅から山手線に乗って目黒へ行きその会社をたずねた。
駅から歩いて5分くらいの大きめのマンションの中に事務所があった、普通に住んでる人の住居と事務所などが混じって存在してるようなところだった。
経理と人事を担当していると思われる、副社長的な40歳くらいのおっとりした雰囲気の男性と面接をする。
その男性よりも少し若い、というか私よりも若そうな社長もすぐに出てきた、気さくな感じで、少人数でアットホームという予想は当たった。
自社開発アプリを作りつつも、請負で大きなプロジェクトに一部の社員を派遣するような感じの業務を行っているとのこと。
Java SE 7 Bronzeを取った話をするが、反応は思ったよりも悪くなかった、その資格自体を評価するというよりも、やる気あるんですね、みたいな感じだった。つまり、マイナスにはならない感じだった。
社長はかなりマジメな感じで、私をどこの部署に配属させようか真剣に悩んでくれていた。未経験というのと、家族がいるために私が要求する給料が高いというのが私をどうしようか悩む理由とのことだった。
現状の私はプログラムの技術はほぼ0で、デザインができるという状態。なので、デザインの実績を活かしつつプログラミングを頑張れるような都合のいい現場があれば採用はできるかもということだった。
面接自体は他の社員が作業している部屋にあるソファーで行われ、面接の話は全員に聞こえている感じだった。
社長が私に適任の仕事があるかどうかという話を、他の社員にも気軽に聞いたりしていて風通しはよさそう。
目黒という立地のせいか、渋谷のIT系のようなかっこつけた感じが全くなくて、ここで働けたらいいなとは思った。
よろしくお願いしますと言って面接は終わった。
希望額と合わず落ちる
すぐに面接の結果が来た。
というか、まあわかっていたことだが、希望額と合わず今回はごめんなさいということだった。
メールをしてきたのは、経理と人事担当の感じのいいおっとりした副社長っぽい人だったので、なんでダメだったのか、そいで私が薄給でもいいですと言った場合いくらもらえることになるかを返信で聞いてみた。
すぐに丁寧なメールが来た。
見込み残業代も含めて、今の私の税込み給料から10万下がるとのことだった。希望額と出せる額に10万の差があれば採用はできない、私の希望額は減給された税込み給料と同じ額だったのだから。
減給されても現状の自分の給料が結構高めであるということと、Java SE 7 Bronzeはマイナスにはならないということがわかっただけでもよしとしようと思った。
連載 「新・さ迷える転職大変記」バックナンバー
- 新・さ迷える転職大変記 第1話 「会社辞めるよ」
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新・さ迷える転職大変記 第12話 「そして減給、そして決意」
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またまた、かなり間が開いてしまったが、今回も唐突にいきなり始まる。書いていることがもう3年前くらいの出来事で記憶も薄れているし、転職について書く!みたいな気持ちも薄くなってしまっているような気がするが、こういうのは最後まで終わらせないといけない。
心療内科が終わって少しだけ気持ちが楽になっていた頃、転職活動を始めてから1年半くらいが経った年の初めである。年上の同僚が朝から上司に怒鳴られていた、大丈夫かなと思って夜に社内に誰もいなくなってから話しかけると、最近心療内科に通っていると言われる。彼は最近行き始めたようだ、私が心療内科に行っていた話をする。
お互い頑張りましょうねと言ってその日は帰ったが、彼も転職活動を始めているのだろう。私より年齢が5歳くらい上なので早いに越したことはない。
彼は営業職のため、上司の風圧を私より強く受けているようでかなり辛そうだった。
2人が辞めていき、新しい家に引っ越す
前に会社を辞めると私に相談してきた同僚が遂に会社を辞めることになった、彼女と同時期に入ったアルバイトの女性も結婚が決まったという理由だったが二人とも同じ日に辞めて行った。
私のほうが先に会社を辞めることを決心していたのに先に2人に辞められたこととなる。スピードを競っているわけではないが、2人が私より早く安全圏に逃れたように思え、取り残されたような気持ちが強くなる。
そんな中でも私の家の購入の話は順調に進み、遂に引っ越すこととなった。井の頭沿線から京王線沿線への引越しである。
あの精神状態で新しい家に引っ越すことができたのは私のおかげではなく、妻の頑張りのおかげであった。ありがとう。
でも、精神状態があまりよくない中で新しい街に引っ越すとなんというか心寒いというか不安な気持ちの方が強くなる。
今はそんなことないが、知らない街は誰もが私に冷たいような気がして、引っ越してきてすぐの日曜の午後に冷たい雨の中を1人で街を歩いて、不安な気持ちがすごく強くなった暗い思い出がある、引っ越してきた当時の私の気持ちはそんな感じだった。
「不安」、この先どうなるんだろうという気持ちである。
引っ越してきたのは春の始まりくらいの頃だったが、私の心は春とは程遠いような気分だった。
遂に減給
そしてなんと4月になって、我が社に新人が2人入ってきた。新卒の女性と男性である。
会社の経営がとても苦しいはずなのに大丈夫なのか?という空気が社員の間に色濃く流れるが、新人2人はそのようなことに気づかず、というかそんなこと言えないよ。
社内の空気は新人の教育どうすんだ?何を教えるんだ?みたいになる、つまり既にいる社員たちは新人を持て余す感じになった。
彼らを育てているヒマなんてないんだよという気持ちと、彼らに申し訳ない気持ちである。女性は営業、男性は開発に入ることとなった。しかし会社の余裕がないため、教育はかなりなおざりとなる。
つまりほっぽらかしである、先が見えない状況で後輩を教育するというのはかなり難しい、というか余裕がないんである。さらに先輩方つまり我々は彼らへのアドバイスが空虚なのを知っているのでろくなことが言えない。
常に「この会社で頑張るなら他の会社探したほうがいいよ」という言葉を飲み下しつつアドバイスなんてできるか!
私は会社のこと考えなくていいから自分の将来のために頑張れみたいなことを遠まわしに言っていたような気がする。まあ若いから私よりも何とかなるはず!と自分の良心をごまかしていた。
そして遂にその年の給与の改定に繋がる、4月の上司との面談がやってきた。
知っての通り会社の業績は悪い、だからみんなに飲んでもらいたいことがあるというようなことを言われた。
つまりは減給である、私は4万の減給である。上司からは「5万減給したいけど、4万でどうか?」と言われた。そしてその後上司が2万で頑張ってみると言われて、上司が社長と相談の結果3万の減給となった。
減給の理由は業績の悪化である、私の成績どうこうではない。金がないようなのである。
4月に新人を採った直後に減給となるのはかなり危ない、転職活動は前年の終わりにやって以来凍結していたが、家に帰って妻と相談してやはり本気で転職活動をしようと決めた。
辞めたいと思って転職活動をしていたが、まだ給料は下がっていなかったので本気度が低かった、しかし本当に転職しないとやばいという気持ちになってきた。
また2人辞めることに
その年の初めくらいに私に心療内科に行ってるんですと言ってきた年上の同僚が辞めることになった、さらにその前後にその同僚と同じ営業の女性も辞めることになった。
彼女は3年前に入ってきて逆境の中かなり頑張っていたが、みんなが減給となり会社に見切りをつけたのであろう。2人とも次が決まっての転職だったので清々しい顔をしていた。
心療内科に行っていた同僚は、一時はどうなるのかと思っていたが、寂しい気持ちも強かったが最悪の結果にならずホッとした。櫛が欠けるような感じで半年あまりで会社から4人の人間が去って行ったのである。
さらにこのまま売り上げが上がらないと8月に会社のお金がショートすると聞かされる、半分脅しもあるかもしれないが、これはやばい。
私も、もうホントに後がないという感じなってきた。
連載 「新・さ迷える転職大変記」バックナンバー
- 新・さ迷える転職大変記 第1話 「会社辞めるよ」
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凱旋門賞にホントに勝ちたいなら本気でやろうよ、でも凱旋門賞ってホントに欲しい?
楽しい活字中毒編集人

今年(2017年)も凱旋門賞に果敢に挑戦したサトノダイヤモンドとサトノノブレスの日本勢は見事に負けた。
同日のJRAのGIレース・スプリンターズSの売り上げが125億円、JRAが発売した日本国内分の凱旋門賞の売り上げは34億円となり、去年(2016年)の売り上げは前者が127億円で微減、後者は41億円で20%減となった。
今年は前哨戦のフォワ賞でエース格のサトノダイヤモンドが惨敗してしまい本番も危ういというムードが濃かったため、売り上げ減となったのだろう。同日のスプリンターズSの売り上げがほとんど変わらなかったことを見るとそういうことなのだろう。
凱旋門賞で一番有利だと言われている「3歳牝馬」のエネイブルが直線で楽に抜け出したのを見てやっぱりなと思ったのと同時に、日本の中距離層のエース格の牡馬を連れて行く日本勢の挑戦スタイルをこのまま続けて勝てるのかしら?と強く思った。
だって、有利と言われている3歳牝馬が日本勢として挑戦した例は2014年のハープスターしかいないのだ。
実際、ハープスターは同じ年に出走した牡馬のジャスタウェイとゴールドシップより上位の6着に入っている。
2014年のジャスタウェイといえば押しも押されぬ当時の日本の中距離界のエース、ゴールドシップは長距離界のエースである。その両横綱に対して2頭より劣る実績の3歳牝馬が先着したのである。
だから、次の年以降は毎年3歳牝馬が挑戦するだろうと思ったが、そうはならず。2015、2016、2017年と参加頭数はゼロなのである。
これはどうしたことか、勝つ気あんのかよっていう話になる。
これは日本文化の美学みたいなものも関係しているのだろうか、日本の男のエースが勝たないとダメなのか。
3歳の小娘が勝っても自分らのプライドが許さないのかよ、って今年の勝ち馬がその小娘じゃないかよ。
去年も似たようなことを書いたが(「マカヒキは負けた、そして海外レースの馬券発売はJRAの踏ん張りどころ」)、やはり日本勢の挑戦はあまりにフェアすぎる。3歳牝馬が強いなら桜花賞とオークスの上位5頭ずつの計10頭で挑戦すればいいのである。
競馬と言う勝負の世界なんだから、勝つ可能性の一番高い馬で挑戦するのがスジだろう。
その年の3歳牝馬路線の最終戦である秋華賞の売り上げは激減するだろうが、だったら秋華賞の賞金額を5倍くらいにしてヨーロッパの3歳牝馬を招待すればいい、強いヨーロッパの3歳牝馬は全頭が日本に来ている、これで凱旋門賞は勝てる、うん、これいいアイディアだな。
というのはやりすぎかもしれないけど、それぐらいの気持ちは持って欲しいJRAには。だって、凱旋門賞のレースはJRAが主催せずに他人のフンドシで相撲取るだけなのに40億近い売り上げがころがりこんでくるのだ。
リスクを負うのはJRAじゃなくて、挑戦した馬主と馬と、あとファンなのだし。
「他人のフンドシで相撲を取ってる」なんて言われたくなかったら本気になれJRA。
最低でも4頭で挑戦してくれ
今年の2頭は相手にならなかったので、最低でも4頭はそろえて挑戦しよう。逃げてレースを作れる馬が1頭、これは武豊とかに乗らせればいいな。
で中段から先団で控える本命の2頭、鞍上はルメールとデムーロでいい、そして最後の直線が長いからもしかして追い込みが決まるかもみたいな追い込み一手の馬が1頭、これはやはり横山典弘あたりを乗らせるか。
その4頭と4人で毎年参加するのだ、これはハマれば5年くらいでタイトルが取れるかもしれない。
よし、これで騎手は決まった。
で、次にローテーションだ。
ローテーションはエルコンドルパサーを真似たいけど
今までの日本勢の中でひときわ異彩を放つのが、エルコンドルパサーのローテーションである。
春にヨーロッパに渡り、3戦した後に凱旋門賞に臨み、勝利にかなり近い2着を取った。実際、1着のモンジューはエルコンドルパサーより軽い斤量の3歳馬であり、タラレバを言ってしまったらどうしようもないが、日本馬が凱旋門賞に一番近づいた2着であったと言っていいだろう。
エルコンドルパサーを真似るとすると春シーズンに日本で稼ぐのをあきらめて、賞金の低いヨーロッパで滞在費をかけながらレースに出るというかなりのコストを強いられるハメになる。
エルコンドルパサーがなんでこんなローテーションを組めたのかと言うと、前年にジャパンカップを勝っていたのでもう日本のレースを勝っても意味がないと腹をくくっていたからだろう。
しかし、まあこういう根性のあるエルコンドルパサーみたいな馬が毎年現れるのを待っていることはできないので、まあ夏か秋にフランスで最低でも2戦くらいして、凱旋門賞に臨んでほしい。
あと、日本にフランスの馬場に似た競馬場があれば、そこでトライアルレースを開催すればいい。G1勝つとかじゃなくて、凱旋門賞に合った馬場のレースを勝った馬がいいと思うんだ。
思い切って上位5頭くらいまで優先出走権プラス滞在費プラス渡航費と登録料を全部出すよって。
札幌記念を2400メートルにしてトライアルにしたらどうだ
日本の競馬場で、一番ヨーロッパの馬場に近いのはどこかと言ったら函館競馬場と札幌競馬場である。
だったら夏の最強馬決定戦である札幌記念の距離を2000メートルから2400メートルに延ばして凱旋門賞トライアルにすればいいんだ。
これはいい。2400メートルが難しいなら2600メートルでいい。一緒に札幌日経オープンもトライアルにすればいい。
で、このレースには3歳牝馬はあまり出ないから3歳牝馬クラシックの桜花賞とオークスも凱旋門賞トライアルにすればいい。
これで日本の凱旋門賞のトライアル4レースが決まった、桜花賞、オークス、札幌日経オープン、札幌記念だ。あと、春の天皇賞と初夏の宝塚記念も加えて6レースにしよう。あと怒られるけど日本ダービーもね、これで7レース。
上位5頭だと35頭になってしまうので、上位3頭で計21頭まで減らそう。
で、この21頭とルメール、デムーロ、武豊、横山典弘、他多数で毎年参戦するのだ。多分勝てるぞ。
でも、凱旋門賞ってそこまでして欲しいタイトルなの?
この案を実践すれば多分5~10年で勝てるのではないか、でも国内の多数のレースが凱旋門賞仕様になってしまってファンは喜ぶだろうか、というか勝ったらその後どうすんだ、勝ってからも毎年そんなことできるのか。
毎年凱旋門賞の売り上げが40億円くらいあればいいかもしれないが2年目の今年がいきなり40億円割れしてしまっているのだ。
というより40億は売り上げだから、JRAの取り分は25%の10億円だ、さらにフランスギャロの取り分があるから半分渡しても5億円だ。
21頭と関係者の滞在費に渡航費に、21頭分の登録料、結構いい値段しそうである。
そもそも日本には秋にジャパンカップという日本と国外の馬のトップを決めるという名目のレースがあるのである、そっちはどうなるんだ。JRAの凱旋門賞シフトによって、ジャパンカップのレベルダウンを招いたら意味が無い。
実際ジャパンカップの国外からの出走馬のレベルは毎年低い、日本国内の馬が十分強いのでレース自体のレベルが低いかと言われるとそれは微妙なのだが、毎年よくわからない無名の外国馬がやってきて、かなりしらけるというのが多くの日本のファンの気持ちだろう。
ジャパンカップを12レースに増やす
だから、やはり凱旋門賞の売り上げは全部ジャパンカップに使って国内のレースを楽しくするというのでいいのではなかろうか。
凱旋門賞は勝たなくていいよ、売り上げさえ持ってきてくれれば、というか勝たない方が売り上げあがるだろうし。
他国の凱旋門賞を勝ちたいのか、それとも日本に世界トップのレースを作るのか。ファンからしたら日本に世界トップ、つまり世界一決定戦があるほうが圧倒的に興奮するよ。
仮に「凱旋門賞が欲しい」というモチベーションの一つが「世界一のレースだから」というものならば、日本に作ればいいのだ。
まず、当たり前だけど、現在ジャパンカップは芝とダート(チャンピオンズカップ)の2レースしかないけど5レースくらい作る。
芝1200メートル、芝1600メートル、芝2000メートル、芝2400メートル、芝3200メートル、ダート1200メートル、ダート1600メートル、ダート2000メートルの計5レースだ、あ、8レースになった。
まあでもしょうがない。8レースあったら楽しいもん。開催する競馬場をどうするんだという大きな問題はちょっと置いておく。東京競馬場で全部できるのか、今中京で開催しているダート(チャンピオンズカップ)はどうすんだという問題も置いておく。
だってファンの楽しさの前にはそんな競馬場の問題なんて些細なことだ、どうにかしてもらわないと困る。
で、一つのレースの総賞金を5億円くらいにするとすると、8レースだから40億円で、凱旋門賞のJRAの売り上げとトントンじゃないか。
凱旋門賞の40億円の売り上げは全部JRAのものになるわけではなく、まず75%を当たり馬券に払うから残り10億円、凱旋門賞の主催であるフランスギャロと折半するだろうから半分の5億円くらいしか入ってこないだろうが、ジャパンカップが8レースあったら、楽しいよ、こりゃ。
凱旋門賞だけでなくブリーダーズカップとか香港のレースとかも馬券発売してるから海外分の収益だけでなんとかなるのではなかろうか。
で、8レースじゃなんかあれなんで、牝馬限定レースとか馬齢限定レース(2歳とか3歳とか)も増やして計12レースにすれば一日の全レースがG1レースになる。
アメリカのブリーダーズカップよりも楽しいレースになるはずである。こりゃあ楽しい、この夢のジャパンカップ12レース化計画は発案者(私)の地元である東京競馬場で開催する予定なので私もうれしい(私は京王線沿線に住んでるから)。
で、凱旋門賞を勝つにはどうすりゃいいのか
凱旋門賞を勝つ話が、ジャパンカップを12レースに増やす話になってしまったが、凱旋門賞に挑戦する馬の顔ぶれを見て毎年思うことが、「中距離」路線の馬ばかりだなということ。
今年のサトノダイヤモンドは3000メートルの菊花賞を勝っているので厳密には中距離ではないが、サトノダイヤモンドが長距離重賞であるダイヤモンドSとかステイヤーズSに出走するのは考えにくいのでやはり中距離馬カテゴリーに入れていいと思う。
というか私はデルタブルースとかポップロックみたいないわゆる長距離じゃないと「ダメなのアタシ」って感じの馬が凱旋門賞を勝つんじゃないかなと思っている。だから、アルバートとか、ゴールドアクターとかの馬主さんたち、そこらへん、よーく考えてみよう。
あと、毎年、宝塚記念勝てなかったから凱旋門賞あきらめました、っていう関係者のコメントを聞くが、馬場が違うんだから関係ないでしょと思う。むしろ宝塚記念で負けたほうがいいのではないか、今年のキタサンブラックとかね。なんで挑戦しなかったかサブちゃんよ。